自己紹介
ここに至るまでに紆余曲折ございました。
私の経歴と想いを書き記しますので、ぜひご覧ください。
美容師を志した10代~20代
私の美容師人生は17歳から始まりました。
当時、近所にできた美容室に初めて行ったとき、オーナーさんに髪を切ってもらって「興味があるんです」と話したら、「じゃ来週から働いてみる?」ということでバイトをさせてもらうことになりました。
時給は今では言えないくらいのものでしたが、それでも私はバイトに行ったときには雑務を手伝いながら、美容師さんの仕事を熱心に見ていました。
大変な仕事だと肌で感じつつも、私の心には「将来はこの道で生きていく」という確固たる情熱が灯っていました。
それから専門学校に行き、免許を取得。東京への憧れから都内の美容室に就職しました。それからお客様の髪を任せていただけるスタイリストになりましたが、当時から美容室の数は異常で(いまだに増えておりますが)、 「ハサミ一本で独立して、成功し続けられるのか」。 自分の将来に迷いが生じ、自信を失いかけてしまったのです。
美容師という仕事自体は好きでしたが、ちょうど結婚もし、子どもが欲しいと思っていたタイミングだったので、 私は一度ハサミを置くという、人生で最も大きな決断を下したのです。
普通のサラリーマン、IT・PCレベル爆上がり期
美容師という職人の世界から一転、私は全く別の業界へと足を踏み入れました。美容師しか知らなかった私には未知の、いわゆる普通のサラリーマンです。当時20人ほどの社員がいるベンチャー企業で、市場調査という業種です。インターネットでアンケートに答えるとポイントがもらえるサイトなどを運営している会社です。
そこで初めて土日祝日休み、ボーナスというものを経験し、ぶっちゃけてしまうと「美容師と待遇が違いすぎる」とカルチャーショックを受けました。
しかし、現実は甘くありません。 入社当時の私は、パソコンすら指一本でキーボードを叩くような状態。 必死に食らいついているうちに ブラインドタッチを習得し、IT言語であるHTMLを理解し、プロジェクトを動かす術を学びました。気が付けば3年後、私はチームリーダーとしてプロジェクトを牽引する立場になっていたのです。
ビジネスマンとしてのスキルは爆上がりし、着実にキャリアを積んでいきました。仕事の規模が大きくなるにつれ、やりがいも感じていました。しかし、私の心の真ん中にある「何か」が満たされることはありませんでした。
そんな想いが抑えきれず、私は土日になると、馴染みの美容室のセット面を借りていました。会社の同僚や友人の髪を切り、鏡の前で喜んでくれる姿を見る。その瞬間だけが、私が私らしくいられる、かけがえのない時間でした。
それから6年。会社は社員100名を超える大企業へと成長し、私の給料もかつてないほど上がっていました。客観的に見れば「成功」していたのかもしれません。しかし、美容業界への未練は日に日に募るばかり。
安定したサラリーマン生活に終止符を打ち、私は再び美容の扉を叩きました。今度は美容師の裏方として、最高の道具や薬剤を生み出す「美容商材メーカー」という、新たな挑戦へと踏み出したのです。
集大成+プロフェッショナルとして
美容商材メーカーへの転職。そこは、私のこれまでの人生で培った「美容師としての現場感覚」と「サラリーマン時代に磨き上げたITスキル」の全てが必要とされる場所でした。
特に商品開発というのは、美容師として働いているだけでは身につかない、化粧品の成分知識や商品作りのノウハウなどかなり深い知識を得ることができました。 いつしか「プロの美容師に教える講師」としての役割も任せていただけるようになりました。 全国の美容師さんの前で壇上に立ち、講習を行いながら、多くの方々の悩みや現場の背景を伺う日々。社内ではITスキルを活かして売上データやPC管理を担い、裏方から美容業界を支える。「私の歩んできた道は、何一つ無駄ではなかった」。 そう確信できる、まさに集大成と呼べる充実した時間でした。
その中で 私は「訪問美容」という仕事の存在を深く知ることになります。 これからやってくる超高齢社会。そこには、ただ髪を切るだけではなく、生活の小さな困りごとにも寄り添える、そんな新しい形のサポートが絶対に必要だと確信し、これこそ私の集大成となりうる、必要とされる天職なのではないかと考えるようになりました。
独立するということ
訪問美容の世界に飛び込もうと決めた私は、この道の先駆者であるお二人の美容師、T様とW様にお会いする機会をいただきました。
担い手の少なさや施設の現状など、綺麗事だけではないこの仕事の「厳しさ」を肌で感じた時間は、何にも代えがたい財産となりました。お二人への感謝は、言葉では言い尽くせません。
お二人のおかげで現状とこれからを考えることができ、「 一人ひとりのお客様のお困りごとにどこまでも寄り添い、既存の枠にとらわれない自由なサービスを、自分の手で届けたい 。」この想いが固まり、この度独立を決意いたしました。
私には、妻と二人の娘がいます。一家の大黒柱として、この挑戦が家族に大きな不安や負担をかけることは十分に理解していました。だからこそ、独りよがりな決断にするわけにはいきませんでした。
「なぜ、今この仕事なのか」「どうやって街の力になるのか」。
約二年の歳月をかけて家族と話し合いを重ね、一歩ずつ準備を進めてまいりました。私の夢を理解し、背中を押してくれた家族の想いも、このハサミには込められています。
川崎市麻生区にお住いで、何らかの理由で美容室に行けない方に、私の技術とサービスでご満足をいただきたい。
「お客様にご満足いただけなければ、私と家族の生活は成り立たない。」
私はその不退転の決意と覚悟を持って、お一人おひとりのご自宅に伺います。お客様が笑顔になり、その生活が少しでも豊かになること。その積み重ねこそが、私の歩むべき唯一の道だと確信しています。
髪の悩みはもちろん、生活の中のどんな小さなお困りごとでも構いません。まずは、あなたのお話を聞かせてください。
麻生区の皆様と共に歩んでいけることを、心より楽しみにしております。
令和八年
ビューティー&ライフサポート『マル』 小川俊彦